『普通の人々』(Ordinary People)(1980)自己中女と仏のような草食系男 無責任かなぁ?


あらすじ〜
舞台はシカゴ。
閑静な住宅街に住まう弁護士一家。平和に満ちた平凡な生活を営んでいたが、ある事件をきっかけに、平凡な生活に隠れ潜んでいた歪みが少しずつ少しずつ露呈していく。
物語の冒頭、精神課から退院した息子コンラッド。彼は自殺未遂を犯していたという経緯がある。
元気づけようと明るく振舞う夫婦。ぎこちない。彼は母親とウマが合わないのだ。愛し合いたいのに。
そんなコンラッドは事件以来、何か拭い去れないものがある。それは自分でもわかってた。だから毎日イライラしている。
唯一、気の許せる父の勧めもあり、街の精神科医に通うことにした。
徐々に心の内に閉ざしたサイコ・ロック※(錠前)が解かれていく。辛い記憶。
コンラッドは好転するが、逆に夫婦の仲は二人の『違い』をお互いに感じてしまう。
夫婦は別れ。息子と父親の絆は固く結ばれた。

遅すぎるよ気づくの。

逆転裁判2というゲームにでてくる表現。あんまり使用した意味はない。

スタッフ〜

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監督 ロバート・レッドフォード
製作 ロナルド・L・シュワリー
脚本 アルヴィン・サージェント
音楽 マーヴィン・ハムリッシュ
撮影 ジョン・ベイリー
編集 ジェフ・カニュー
出演者
カルビン・ジャレット(ドナルド・サザーランド
べス・ジャレット(メアリー・タイラー・ムーア
コンラッド・ジャレット(ティモシー・ハットン
バーガー(ジャド・ハーシュ)
ジェニン(エリザベス・マクガヴァン

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なんとうか、土曜日は意見わかれましたね〜。けど、自分は俄然パピー派なのです。クルート…じゃなくてカルビン?ことドナルド・サザーランド
それぞれの『理想』も大切かもしれないけど、歩み寄りって大切だと思います。
もちろんそれが大切な関係であればこそですよ。
歪みが生じても。合わせちゃえば済む。→これって自虐性か。
でも自己に対して無責任にはならない。忍耐という言葉で置き換えて。
今日の俺は明日の俺より強いということで。

とにかく←
どんな人とも合う合わないの要素はあるわけで、多かれ少なかれ。
母も少し歩み寄ってたけど…本心てのは変えられないもんなのかもしれない。
こんなことも価値観の不一致ってことで片付けられちゃうかもしれませんが。


親が子供をあそこまで好きになれない状態はちょっとアリエナイって思ってしまった。
自分の常識の範疇では…の話ですけど。
親は子に無条件の愛を持ってるもんだと思っとった。
特に母→子に関しては。
どんなにダメっ子でも愛は拭い去れないもんだと。アメリカでは違うのか。それとも。。。

まぁ自分が体感してきた家庭ってのは人生でも…500とかね。学生時代だけでも。あるわけじゃないですか。
当然深くまで親しくならないと見えないものだと思いますけど。
まだまだ人生経験足りてないのか。

なんというか共感を得たのは似たような状況だからですね。今。恋愛が。現在進行形。しんどいなー。